家じまいの哲学 もしも古代ギリシャ哲学者だったら 第1章

第1章 なぜ今、家じまいを考えるのか

“Man is the measure of all things.” ― Protagoras
(人間は万物の尺度である)

家じまいの哲学 もしも古代ギリシャ哲学者だったら 第1章なぜ今、家じまいを考えるのか


1.1 家じまいとは何か

「家じまい」とは、ただモノを減らすことや、家を片づけることだけを意味する言葉ではありません。それは、自分や家族が積み重ねてきた暮らしの記録と向き合い、必要なものとそうでないものを吟味しなおす時間です。

「自然は無駄をつくらない。」 ― アリストテレス

自然界において、すべての存在には役割があり、不要なものはありません。けれども人間の暮らしには、思い込みや欲望によって多くの「無駄」が積み重なります。家じまいは、その「余分」を見直し、本当に必要なものだけを残す営みだと言えるでしょう。

「必要なものは少ない。」 ― エピクロス

欲望を制御し、心の平安(アタラクシア)を得るためにこそ、私たちは持ち物を吟味する必要があるのです。家じまいは、単なる整理整頓ではなく、「よりよく生きるために余分を手放す哲学的実践」と位置づけられます。


1.2 なぜ今、家じまいが必要なのか

かつては家財が代々受け継がれ、家そのものが「家族の記憶の器」でした。しかし現代は、核家族化・都市部への移住・住環境の変化により、モノをそのまま継承することが難しくなっています。結果として、空き家や大量の遺品整理という社会的課題が浮かび上がっています。

「家じまい」は、こうした背景の中で「避けられない現代的課題」として私たちに突きつけられているのです。


1.3 モノがあふれる社会と「尺度」の問題

戦後の日本では「持つこと」が豊かさの象徴でした。しかし現代は「持ちすぎること」が重荷となり、生活を狭めています。

「人間は万物の尺度である。」 ― プロタゴラス

つまり、モノの価値は客観的に存在するものではなく、私たちがどのように使い、どのように意味づけるかによって決まります。家じまいは、この「自分の尺度」を問い直す機会でもあるのです。


1.4 家じまいは「未来への贈り物」

家じまいは過去を整理する作業であると同時に、未来への思いやりの実践です。大量の遺品に途方に暮れる子世代もいれば、「整理しておいてくれたおかげで心が楽だった」という人もいます。

つまり家じまいは、次の三つを兼ね備えた「贈与の行為」でもあるのです。

  • 自分自身の人生を整えること
  • 次の世代の負担を減らすこと
  • 思い出を未来へ渡すこと


1.5 哲学から見た家じまい

  • ソクラテス:「吟味されざる生は生きるに値しない」
  • アリストテレス:「自然は無駄をつくらない」
  • エピクロス:「必要なものは少ない」
  • プロタゴラス:「人間は尺度である」

これらの思想をあわせて見ると、家じまいとは「モノを通じて自分の生を吟味し、必要なものを見極め、次の世代へとつなぐ」哲学的な営みだと理解できます。

また、家じまいを哲学的に捉えるうえでは、「共同体」との関係性という別の視点も重要です。ストア派の哲学者たちは、宇宙全体をひとつの大きな共同体として捉え、人はその一部であると考えました。

「私たちが所有していると思うものは、すべて一時的に預かっているにすぎない。」 ― エピクテトス

この考え方を家じまいに当てはめると、私たちが持っている家具や衣服、家そのものも、永久に「自分のもの」ではなく、次の世代や社会へと一時的に託されているものだと言えるでしょう。

つまり家じまいとは、自分の人生を整えるだけでなく、「この世界に生かされてきた一員」として、次に託す準備をする営みでもあります。所有の絶対性を手放し、「モノは自分だけのものではない」という感覚を取り戻すとき、家じまいは自己中心的な行為から、より大きな調和の一部へと変わります。


1.6 心を整えるための第一歩

ここまで見てきたように、家じまいは単なる片づけではなく、自分自身の生を吟味し、未来へと贈り物を手渡す営みです。

しかし実際に行動を始めようとすると、多くの人が「どこから手をつければいいのか」「何を基準に残すか」という壁にぶつかります。そこで必要になるのが「心の準備」です。

例えば──

  • このモノは、私の人生にどんな意味を与えてきただろうか?
  • これを残すことで、未来の誰かは安心できるだろうか?
  • 手放すことで、私はどんな余白を得られるだろうか?

これらの問いを投げかけながら、心の準備を整えることが、家じまいを進める最初のステップです。

次章では、この「心の準備」という作業に焦点を当てていきます。単なる感情の整理ではなく、哲学的な思考を実践に結びつける方法を探り、実際に手を動かす前に必要な“心の地図”を描いていきましょう。


章末コラム:尺度を問い直す勇気

私たちは、無意識のうちに「社会の尺度」でモノを評価しています。「ブランド品だから価値がある」「高かったから捨てられない」──こうした判断はすべて外から与えられた尺度です。

しかし家じまいは、他人の尺度ではなく自分の尺度で決めることを促します。使い古したマグカップでも、朝ごはんを共にした記憶が詰まっていれば、それは人生の一部です。逆に、高級な食器でも一度も使わなかったなら、手放すことができるかもしれません。

「私の人生にとって、このモノはどんな尺度を持っていたか?」 ― プロタゴラスの言葉を家じまいに読み替えて

そう問い直すことで、モノの価値は「市場の値段」から「人生の意味」へと転換していきます。その視点が、過去を整理し、未来をつくる出発点になるのです。


実務のヒント:家じまいを始める前に

  • 家じまいをする目的を明確にする(老後の安心/家族の負担軽減など)
  • “未来の贈り物”としての視点を持つ
  • モノの金銭的価値ではなく「自分にとっての意味」で残すかどうか判断する


出典

  • Protagoras (Fragments) — “Man is the measure of all things.”
  • Aristotle (Politics) — “Nature does nothing in vain.”
  • Epicurus (Principal Doctrines) — “The necessities of life are few.”
  • Plato (Apology) — “The unexamined life is not worth living.”