第3章 家じまいの方法と人生の秩序
“Well begun is half done.” ― Aristotle
(良い始まりは半ば成し遂げたも同然である)
目次
3.1 始まりは人生を整える一歩
家じまいにおける「始める」という行為は、単なる片づけではありません。
それは、混沌とした人生の一角に秩序を与える行為です。
アリストテレスは「良い始まり」を強調しました。
始まりはただの作業の入口ではなく、人生を秩序立てる「方向づけ」なのです。
引き出し一つから始めることは、やがて生の全体を吟味し直す大きな一歩につながります。
3.2 秩序のステップ ― 家じまいの哲学的手順
家じまいの方法を順序立てて考えると、それは自然や人生が持つ秩序と響き合います。
1. 分類する ― 区別を与える
「残す」「譲る」「手放す」という分類は、混沌に秩序をもたらす第一歩。
カオスをコスモスに変える営みです。
2. 判断する ― 善きものを選び取る
ただ捨てるのではなく、「これは今の私の人生に必要か?」を問いかける。
その判断の積み重ねが、自分にとっての「善」の輪郭を明らかにします。
3. 処理する ― 循環に委ねる
捨てることは無駄にすることではなく、新しい循環へ手渡すこと。
アリストテレスの言葉の通り 「自然は無駄をつくらない」。
手放したものは別の形で世界に還っていきます。
4. 記録する ― 記憶の新しい形
アルバムやノートに残すことは、過去を物質から解放し、心の中に再配置する作業です。
3.3 残すことと手放すことの意味
「残す/手放す」は対立ではなく調和です。
残すものは人生の核を守り、手放すものは生を軽くします。
“Wealth consists not in having great possessions, but in having few wants.” ― Epictetus
(富とは多くを所有することではなく、欲望が少ないことである)
家じまいを進めると、「残すことの豊かさ」よりも「手放すことの自由」が実感されます。
持たざることは欠乏ではなく、むしろ余計な欲望からの解放なのです。
エピソード ― 「祖父の時計」
ある家族は、祖父の形見の時計をどうするかで悩みました。
止まったままの古い懐中時計。修理すれば使えるが、誰も実際には使わない。
最終的にその時計は残されました。
理由は「使う」ためではなく、
「時間を共に生きた証」
として。
残すか手放すかの判断は、単なる機能性ではなく
「人生の物語にとって意味があるかどうか」
によって下されるのです。
3.4 順序は生の秩序に似ている
家じまいの進め方には自然な順序があります。
- 共有の場から始める
家族が集うリビングや台所。そこには「共通の秩序」を取り戻す意味があります。 - 個人の場へ進む
書斎や寝室。そこでは「自分の内的秩序」を整理することになります。 - 思い出の品へ至る
写真や手紙。最後に訪れるのは「人生の意味そのもの」と向き合う段階です。
これはまるで人生そのものの縮図です。
“The unexamined life is not worth living.” ― Socrates
(吟味されざる生は、生きるに値しない)
家じまいの順序は、そのまま「人生を吟味する順序」でもあるのです。
3.5 家じまいは小さな宇宙を整えること
家一軒を整えることは、小さな宇宙を整えることに似ています。
無秩序から秩序へ、煩雑から調和へ。
残すものと手放すものを選び取る行為は、自己の人生を
「何を核にして生きるか」
を問う哲学的営みです。
方法や順序を大切にすることは、単なる効率化ではなく、
「生をどう秩序づけるか」という問いに直結しています。
3.6 感情の壁をどう乗り越えるか
ここまで、家じまいの「方法」と「秩序」について整理しました。
しかし、実際の場面で避けて通れないのは「感情の壁」です。
懐かしさ、後悔、罪悪感――。
これらの感情は、単なる効率や手順の問題では解決できません。
むしろ、この感情にどう折り合いをつけるかこそ、
家じまいを「人生の吟味」へと導く最大の課題です。
次章では、この感情の壁を理解し、受け止め、乗り越えるための
哲学的・実務的アプローチを探っていきます。
章末コラム:順序の知恵
私たちが日常の中で自然に行っている行為の多くは、実は「順序」という知恵に支えられています。
料理をするとき、まず野菜を洗い、切り、火を入れる。
逆に火を先に点けてから野菜を探し始めれば、鍋は焦げてしまうでしょう。
勉強でも、まず文字を覚え、次に文章を読み、やがて論理を学ぶ。
いきなり論文から始めることはできません。
家じまいもまた、この「順序の知恵」に深く依存しています。
どこから手をつけてよいかわからず、思い出の品をいきなり前にすると、多くの人は立ち止まってしまいます。
感情が先にあふれ出し、作業が止まるのです。
だからこそ
「共有の場 → 個人の場 → 思い出」
という段階が意味を持ちます。
これは効率化にとどまらず、
「人が自然に耐えうる流れ」
に寄り添った順序なのです。
順序には「心を守る力」もあります。
生活空間を整えることから始めると、目に見える秩序の回復が心に安心感をもたらし、次の段階に進む余力が生まれるのです。
さらに順序は「人生の縮図」でもあります。
- 社会との関係を整える(リビング)
- 自分自身を整える(寝室・書斎)
- 人生の意味を問い直す(写真・手紙)
この流れは、一人の人生の歩みそのものです。
順序に従うことは、作業の効率以上に
「自分の人生をもう一度歩み直す時間」
を意味しています。
実務のヒント:進め方と秩序をつくる
- 片づける順序は
「共用スペース → 個人スペース → 思い出の品」
の段階を踏む - 「残す/譲る/手放す」の3分類を明確にし、箱や付箋を使って仕分け
- 判断がつかないものは「一時保留ボックス」を作る
- 手放すものは寄付・譲渡・リサイクルなど循環の出口を決めておく
- 記録は写真・メモ・デジタルアーカイブなどを活用し、記憶と物を切り離して保存
出典
- Aristotle — “Well begun is half done.” (Nicomachean Ethics)
- Aristotle — “Nature does nothing in vain.” (Politics)
- Epictetus — “Wealth consists not in having great possessions, but in having few wants.” (Discourses)
- Socrates — “The unexamined life is not worth living.” (Apology)
